【離婚後における住宅ローンと所有権の乖離問題】
― 債務者・所有者・支払者が一致しない場合の法的リスクと実務……

前回のコラムでは、認知症などによる判断能力の低下に備え、本人が元気なうちに財産管理の方法を設計する「家族信託」について考察しました。
そこで一つの疑問が生まれます。
「家族信託をしておけば、成年後見制度は必要ないのでしょうか。」
反対に、「成年後見制度があるのであれば、わざわざ家族信託をする必要はないのでしょうか。」
この二つの制度は、認知症対策として並べて説明されることが少なくありません。
しかし、そもそもの制度目的が異なります。
家族信託は、主として本人の財産を将来どのように管理・活用するかを、本人が判断能力を有しているうちに設計する仕組みです。
これに対して成年後見制度は、判断能力が不十分となった本人の権利や利益を守り、法律面から支援する制度です。
そして、この成年後見制度が2026年、大きく変わることになりました。
今回はまず、現行の成年後見制度がどのような制度なのか、なぜ大幅な改正が必要となったのか、そして何が変わるのかを考えてみたいと思います。
認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分になると、不動産や預貯金の管理だけでなく、介護サービスや施設への入所契約、遺産分割など、さまざまな法律行為を本人だけで行うことが難しくなる場合があります。
また、内容を十分理解できないまま不利益な契約を締結し、悪質商法などの被害に遭う可能性もあります。
こうした人を法律面から保護し、支援するために設けられているのが成年後見制度です。
したがって、成年後見制度は単なる「財産管理制度」ではありません。
本人の財産だけではなく、本人の生活と権利を守るための制度と考える必要があります。

*生成AIによるイメージ
2026年10月現在の法定後見制度では、本人の判断能力の程度に応じて、
「後見」
「保佐」
「補助」
という三つの類型が設けられています。
法律上は、判断能力を欠くのが通常の状態であれば「後見」、判断能力が著しく不十分であれば「保佐」、判断能力が不十分であれば「補助」という区分になっています。
これだけでは少し分かりにくいため、日常生活に置き換えてイメージしてみましょう。
「後見」― 判断能力を欠くのが通常の状態で、財産管理や契約などについて広い範囲で支援が必要な状態
例えば、預貯金や不動産などの財産を自分で適切に管理したり、重要な契約の内容や結果を理解して判断したりすることが難しく、継続的かつ広い範囲で支援を必要とする場合が想定されます。
「保佐」― 日常生活はある程度自分でできるものの、重要な財産上の行為について一人で判断することが難しい状態
普段の買い物や日常生活は自分で行えても、不動産の売買、多額の借入れ、遺産分割などの重要な法律行為については、その内容や結果を十分に理解して判断することが難しく、支援が必要となる場合が想定されます。
「補助」― 多くのことは自分で判断できるものの、特定の重要な法律行為について支援が必要な状態
基本的には自分で生活や財産管理をすることができても、複雑な契約や一定の財産管理など、特定の場面では一人で判断することに不安があり、必要な部分について支援を受ける場合が想定されます。
つまり、単純化してイメージすると、
後見=広い範囲で継続的な支援が必要
保佐=重要な法律行為について支援が必要
補助=特定の法律行為について必要な範囲で支援を受ける
という違いがあります。
ただし、認知症の診断名や年齢だけで「後見・保佐・補助」が機械的に決まるわけではありません。実際には本人の判断能力の状態などを踏まえ、家庭裁判所が個別に判断します。
そして、類型によって成年後見人等に与えられる代理権、同意権、取消権の範囲も異なります。
一方、成年後見制度にはもう一つ重要な仕組みがあります。
本人が十分な判断能力を有しているうちに、将来自分の判断能力が低下した場合に備えて、誰にどのような事務を任せるのかを公正証書による契約で決めておく【任意後見制度】です。
現行制度では、任意後見契約を結んだだけで任意後見人としての支援が始まるわけではなく、本人の判断能力が不十分となり、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から契約の効力が生じます。
つまり成年後見制度には、大きく分けると、判断能力が低下してから利用する【法定後見制度】と、判断能力があるうちに準備する【任意後見制度】があります。
この「任意後見」は、後編で家族信託との違いを考える際の重要なポイントになります。
ただし、任意後見人に与えられるのは、任意後見契約で定めた範囲の代理権であり、法定後見制度における同意権・取消権はありません。 本人が自ら結んだ契約を、判断能力が不十分であることを理由に、任意後見人の権限だけで取り消せるわけではない点に注意が必要です。

*生成AIによるイメージ
成年後見人に家族が選任されたとしても、本人の財産を家族の判断で自由に使えるようになるわけではありません。
成年後見人が管理しているのは、成年後見人自身の財産ではなく、あくまで本人の財産だからです。
例えば、「将来相続する子どもに生前贈与しておこう」「家族全体にとって有利だから、この財産を処分しよう」という考えがあったとしても、それが当然に認められるわけではありません。
成年後見制度では、「本人にとってどうなのか」という視点が中心になります。
この点が家族から見れば、「融通が利かない」「財産を自由に動かせない」と感じられることがあります。
しかし、本人の財産を家族が自由に動かせないことは、裏返せば、本人の財産を本人のために守る仕組みでもあります。
本人保護という目的が重要である一方、現行制度にはさまざまな課題も指摘されてきました。
例えば、成年後見を利用するきっかけが不動産売却など特定の法律行為だったとしても、その行為が終わったからといって、それだけで制度を終了できる仕組みにはなっていません。
また、成年後見の場合には広範な代理権・取消権が生じるため、「本人に本当に必要な範囲を超えて権利を制限していないか」という問題もあります。
さらに、成年後見人等は家庭裁判所が選任するため、家族が希望する人が必ず選ばれるわけではありません。
一度選任された成年後見人等についても、家族が希望するという理由だけで自由に交代できるものではありません。
つまり問題は、本人を守るための制度が、場合によっては本人の自己決定を必要以上に制約することになっていないかというところにあります。
この問題に正面から取り組んだのが、2026年の成年後見制度改正です。

*生成AIによるイメージ
2026年6月17日、「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同月24日に公布されました。
今回の改正では、現行の「後見」「保佐」を廃止し、「補助」を基本とする制度へ一元化するという大きな変更が行われます。
しかし重要なのは、単に三つの名称を一つにまとめることではありません。
制度の考え方そのものが、「本人の判断能力の程度によって類型に当てはめる」という発想から、「その本人に、今、どのような支援が必要なのかを考える」という方向へ変わることにあります。
なお、今回の見直しは法定後見制度だけではありません。
本人が判断能力を有しているうちに将来の支援者を決めておく任意後見制度についても見直しが行われています。
任意後見の改正については、後編で家族信託との比較とあわせて考えます。
改正後は、本人に必要な支援内容に応じて、特定の法律行為について補助人に代理権を与えたり、補助人の同意を必要としたりする仕組みが基本となります。
例えば、「この不動産の売却には代理が必要」「この借入れには補助人の同意が必要」というように、支援の対象を具体的に定めます。補助人の同意が必要とされた行為を、本人がその同意を得ずに行った場合には、取り消すことができます。
さらに、判断能力を欠く常況にある人については、本人を保護するために必要があると家庭裁判所が認める場合に、法律で定められた重要な財産上の行為を広く取消しの対象とする「特定補助人」を付する仕組みも設けられます。
ここで重要なのは、本人ができないことを支援し、本人ができることまで当然に奪わないという考え方です。
今回の改正で実務上非常に重要なのが、制度を終了させる場面です。
現行制度では、成年後見開始の原因となった判断能力の状態が回復しない限り、当初必要だった法律行為が終了したというだけで成年後見を終了する仕組みにはなっていません。
改正後は、家庭裁判所が支援の必要がなくなったと認める場合には、補助開始や代理権付与などの審判を取り消すことができる仕組みとなります。
つまり、必要な人に、必要な範囲で、必要な期間だけ支援するという方向へ制度が変わります。
現行制度でも成年後見人等の解任制度はあります。
しかし、不正をしたわけではないものの、「本人の状況が変わった」「必要となる支援内容が変わった」「現在では別の支援者の方が本人に適している」という場合に、柔軟に交代させることには限界がありました。
改正後は、家庭裁判所が本人の利益のため特に必要があると認める場合にも、補助人を解任できるようになります。
これは、「この人に問題があるか」だけではなく、「今の本人にとって誰が適切なのか」という観点をより重視する変更といえます。
成年後見制度では本人を「保護する」ことが重要です。
しかし、「本人を守るためだから、周囲が本人に代わって決めればよい」となってしまえば、本人の自己決定が失われる危険があります。
改正後は、補助人が事務を行うに当たり、本人の心身の状態に応じた適切な方法によって、本人の意向を把握することが求められます。
つまり、「本人のために決める」だけではなく、「本人がどうしたいのかを確認しながら支援する」という考え方が、これまで以上に重視されることになります。
「後見と保佐が廃止される」と聞けば、現在制度を利用している本人や家族は、「施行されたら今の成年後見人はいなくなるのか」と不安になるかもしれません。
しかし、施行日に現在の制度が一斉に消滅するわけではありません。
改正法には経過措置が設けられており、すでに後見・保佐を利用している場合には、基本的に従来の制度を継続することができる仕組みが設けられています。ただし、従来の制度を継続する場合でも、本人の利益のために特に必要がある場合の解任や、本人の意向の把握・尊重については、改正後の規定が適用されます。
一方、新しい補助制度へ移行するための仕組みも設けられています。また、制度利用の必要がなくなった場合には、後見・保佐開始の審判の取消しを申し立てる仕組みも設けられています。
したがって、「後見・保佐が廃止される=現在の利用者が自動的に新制度へ移る」ということではありません。
現在の利用者についても、施行後どのような支援が本人に適しているのかを考えていくことになります。
改正法は2026年6月24日に公布されていますが、成年後見制度の見直し部分については、「公布の日から起算して2年6か月を超えない範囲内において政令で定める日」に施行されることになっています。
2026年10月15日時点で確認した公表資料では、具体的な施行日は示されていません。
また、実際の制度利用に関わる詳細については、今後、施行に向けた関係規定や家庭裁判所を含む実務上の運用が具体化していく部分があります。
したがって本稿では、現在利用できる「現行制度」と、成立・公布済みだが未施行の「改正後制度」を区別して考える必要があります。
今回の成年後見制度改正を一言で表すなら、
「制度に本人を合わせる」仕組みから、「本人に必要な制度を合わせる」仕組みへの転換と考えることができるのではないでしょうか。
人生100年時代における成年後見制度は、本人の財産・生活・権利を守る役割を維持しながら、本人の意思をより尊重し、その人に必要な範囲と期間で支援する制度へ変わろうとしています。
では、このように成年後見制度が大きく変わるのであれば、前回取り上げた「家族信託」は必要なくなるのでしょうか。
さらに成年後見制度には、本人が元気なうちに将来に備える任意後見制度もあります。
そうすると、「家族信託か、任意後見か、それとも法定後見か。」という新しい疑問が生じます。
実は、これらは必ずしも三者択一ではありません。
後編では、家族信託・任意後見・法定後見の違いを整理したうえで、「どれを選ぶのか」だけではなく、「どのように組み合わせるのか」というところまで考えてみたいと思います。

*生成AIによるイメージ
※本稿は2026年10月15日時点の法令・公表資料に基づく一般的な解説です。成年後見制度に関する改正法は2026年6月24日に公布されていますが、本稿執筆時点では成年後見制度の見直し部分は未施行です。具体的な施行日は、公布の日から起算して2年6か月を超えない範囲内において政令で定められます。今後、施行に向けて関係規定や実務運用等が具体化する可能性がありますので、実際の制度利用に当たっては最新の法令・公表資料をご確認ください。
2026年10月15日更新:任意後見人の権限に関する説明を補足し、本文の記載を確認・調整しました。