人生100年時代を豊かに生きるために【後編】
家族信託・任意後見・法定後見、どれを選ぶのか ―「財産……

この住まい方について考えるようになったきっかけの一つは、東日本大震災の頃でした。
当時、「絆」という言葉が社会の中で強く意識され、家族や地域で支え合うことの大切さがあらためて語られました。
家族が近くに暮らし、何かあれば助け合う。確かに、それは安心につながります。
しかし年月が経ち、住宅や家族に関するさまざまな相談に接する中で、私は一つの疑問を持つようになりました。
家族が支え合うためには、本当に同じ家で暮らす必要があるのでしょうか。
親の面倒は見たい。しかし完全な同居はお互いに気を使う。
子どもには近くにいてほしい。しかし子どもの家庭には必要以上に干渉したくない。
高齢の親が心配でも、仕事を持つ子どもが毎日様子を見に行くことは難しい。
このような家族にとって、「同居」と「別居」の間に、もう一つの住まい方があってもよいのではないでしょうか。
本稿では、これを仮に「親子近居型賃貸住宅」と呼び、その可能性について考えてみたいと思います。
住宅ローンの実務に接していると、親が所有する土地や実家を利用して、子世帯とともに二世帯住宅を建築するケースに接することがあります。
その背景には、親子で支え合いたいという家族的な理由だけではなく、都市部の土地・住宅価格の上昇という経済的事情もあります。
都市部では、住宅を取得するための負担も大きくなっています。
令和8年(2026年)の都道府県地価調査では、東京圏の住宅地の対前年平均変動率は4.0%でした。土地を購入したうえで住宅を取得しようとする子世帯にとって、土地取得費の上昇は大きな負担となります。
こうした住宅事情を考えると、親がすでに所有している土地や実家を活用して二世帯住宅を建てるという選択には、経済的な面からも合理性があります。
土地取得費を抑えられるだけでなく、子育てを親に助けてもらったり、将来は子が親の生活を支えたりすることもできます。
このように、二世帯住宅には現在の住宅事情に適した合理性があります。
では、その住宅に10年、20年と住み続けたとき、家族の形が変わった場合はどうなるのでしょうか。
二世帯住宅を建てた時点では、親子双方にとって合理的な選択であったとしても、住宅は30年、40年と残ります。
一方で、その間の家族構成や生活環境は、必ずしも同じではありません。
親の死亡、認知症、介護施設への入所、子の転勤、相続、兄弟姉妹との関係、そして子世帯の離婚など、さまざまな変化が起こり得ます。
厚生労働省の令和7年(2025年)人口動態統計月報年計(概数)によると、離婚件数は17万9,068組でした。長期的には2002年をピークに減少傾向にあり、「最近になって離婚が急増している」と表現するのは正確ではありませんが、現在でも年間約18万組の夫婦が離婚しているという現実があります。
二世帯住宅に暮らす子世帯が離婚した場合には、単純に夫婦だけの問題では済まないことがあります。
土地は親名義なのか。
建物は誰の名義なのか。
住宅ローンは誰が負担しているのか。
持分はどうなっているのか。
離婚後も一方がその建物に住み続けるのか。
こうした問題が絡み合う場合があります。
また、親が亡くなれば、親が所有していた土地・建物またはその持分は相続財産となります。
親と同居していた子だけでなく、別居している兄弟姉妹が相続人になることもあります。
建築当時には「親子で一緒に暮らすための住宅」であったものが、相続発生後には「複数の相続人が関係する不動産」へと性格を変えることもあります。
二世帯住宅は、建築時の家族関係を長期間、建物という形に固定する住宅でもあります。しかし、家族関係そのものは固定されません。
ここに、二世帯住宅特有の難しさがあるように思います。
そこで考えたのが、二世帯住宅そのものを所有するのではなく、二つの独立した賃貸住戸に親世帯と子世帯が暮らす方法です。
例えば、
親世帯が101号室。
子世帯が102号室。
それぞれ玄関もキッチンも浴室も別で、賃貸借契約も別にする。
しかし、同じ建物なので何かあればすぐに行き来できます。
親世帯が介護施設へ移ることになれば、親の住戸だけを解約できます。
子世帯に転勤があれば、子世帯だけが転居することもできます。
離婚などによって家族構成が変わった場合にも、一戸建ての二世帯住宅のように建物そのものをどうするかという問題は原則として生じません。
つまり、「一つの建物を二世帯で所有する」のではなく、「二つの住宅を近くで借りて二世帯として暮らす」。

*生成AIによるイメージ
これが、本稿で考える「親子近居型賃貸住宅」です。
この発想自体は全く前例がないものではありません。
UR都市機構では「近居割」「近居割WIDE」という制度を設け、一定の要件を満たす親族が近くに居住する場合に家賃を減額する仕組みを設けています。
つまり、「家族だから同居する」という選択肢だけでなく、適度な距離を保ちながら近くに暮らす「近居」という住まい方は、すでに住宅政策の中にも取り入れられています。
では、このような住まい方に本当に需要はあるのでしょうか。
内閣府の「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査」は興味深い結果を示しています。
子どもがいる高齢者に対して、子との同居・近居の意向を尋ねたところ、
となり、「同居ではなく近居したい」が最も多い回答でした。
さらに、子どもが全員別居している人に限ると、45.1%が「同居ではなく近居したい」と回答しています。

なお、この調査における「近居」とは、同一中学校区内程度(約6km以内、車で15分以内程度)を指しており、本稿で想定する「同じ建物内の別住戸」そのものについて尋ねた調査ではありません。
それでも、完全な同居ではなく、日常的に行き来できる距離で暮らしたいと考える層が一定数存在することを示す資料として、興味深い結果といえます。
また、同居または近居を希望する人にそのメリットを尋ねたところ、88.7%が「ちょっとした手助けが必要な場合に安心して過ごせる」と回答しています。
この結果は非常に示唆的です。
高齢者が必ずしも子どもとの完全同居を望んでいるわけではありません。
自分の生活は自分で続けたい。しかし、少しだけ近くにいてほしい。
そのような需要が数字にも表れているのです。
ただし、子どもが同じ建物に住んだからといって、親の生活をすべて子どもが支えられるわけではありません。
仕事を持つ50代、60代の子どもが、毎日親の安否を確認することは簡単ではありません。
また、「親の面倒を見る」といっても、その負担を家族の一人だけに集中させることが本当に望ましいのかという問題もあります。
そこで、住宅そのものに「第三者の目」を加えるという考え方が出てきます。
例えば、
などです。

*生成AIによるイメージ
実際、JKK東京の「カーメスト武蔵小金井」では、一般賃貸住宅に加えてJKKシニア住宅40戸が整備され、シニア住宅にはセンサーや緊急通報装置による見守り・駆け付けサービスが導入されています。また、建物内には「小金井にし地域包括支援センター」が開設されています。
これは本稿で想定する『親子近居型賃貸住宅』そのものではありませんが、「一般住宅」「高齢者住宅」「見守り」「地域福祉」を組み合わせた実例として参考になります。
また、住宅セーフティネット法の改正により、令和7年(2025年)10月からは、住宅確保要配慮者に見守りなどの入居中サポートを提供する「居住サポート住宅」の認定制度も始まっています。
住宅と福祉を完全に切り離すのではなく、必要に応じて連携させる考え方は、すでに政策上も進み始めています。
本稿で考えているのは、介護施設そのものではありません。
むしろ、
「まだ自分で生活できる。しかし少し心配になってきた」
という段階から利用できる普通の賃貸住宅です。
本稿で想定する「親子近居型賃貸住宅」は、高齢の親を見守るためだけの住宅ではありません。
例えば、地方から東京の大学へ進学した子どもを持つ親です。
子どもの一人暮らしは心配なので、時々様子を見に行きたい。
しかし、ワンルームの子どもの部屋に親が宿泊するのは、お互いに気を使います。
そのような場合、本稿で想定する親子近居型賃貸住宅に、入居者の家族が利用できるゲストルームがあればどうでしょうか。
また、子育て中の夫婦の場合には、
「祖父母には近くに住んでいてほしい。育児も少し手伝ってほしい。しかし完全同居までは望まない」
という家庭も考えられます。
つまり、本稿で考える親子近居型賃貸住宅は、単なる高齢者向け住宅ではありません。
対象となり得るのは、
高齢の親とその子世帯。
子育て世帯と祖父母。
都市部で一人暮らしをする若者と、地方に住む親。
将来の介護を見据えて近居したい家族。
さまざまな世代が考えられます。
共通しているのは、
「家族であるからこそ近くにいたい。しかし、家族であるからこそ適度な距離も必要である」というニーズです。
したがって、親子近居型賃貸住宅は、高齢者施設ではなく、家族が互いの生活を尊重しながら、必要なときだけ助け合える住宅として考える方が、可能性は広がります。
なお、ゲストルームについては、利用料の設定や運営方法によって旅館業法等との関係が生じ得るため、実際の商品設計では個別の確認が必要です。
一方で、事業として考えるなら、私は「親子二世帯しか入居できない住宅」にすることには慎重であるべきだと思います。
親が亡くなれば、その瞬間に「二世帯」ではなくなります。
親が施設へ入所する場合もあります。
子が転勤すれば、もう一方の住戸が空きます。
家族構成の変化によって、当初想定していた二つの住戸の組合せが維持できなくなることは十分考えられます。
特定の家族構成だけに依存する住宅では、将来の空室リスクを高める可能性があります。
そこで重要になるのが、普通の賃貸住宅としても貸すことができるが、親子が利用すると非常に便利である
という設計です。
例えば、
1LDKと2LDKを隣接して配置する。
一部の住戸をバリアフリー化する。
エレベーターに近い住戸を高齢者に案内しやすくする。
共用ラウンジを設ける。
見守りサービスを選択できるようにする。
親子世帯の入居希望があれば、隣接住戸を優先的に組み合わせる。
こうした工夫なら、親子世帯が入居しない期間は通常の賃貸住宅として運用することもできます。
「親子近居型住宅」という用途に建物を固定するのではなく、家族の変化に住宅の使い方が合わせられること。
これは、今回の住宅構想そのものにも通じる考え方です。
ここでもう一つ考えたいのが、必ずしも新築である必要はないということです。
例えば都市部にある既存の賃貸マンションや社宅などを、オーナーから一括して借り上げる。
必要な部分をリフォームし、
などを整備する。
そして住宅そのものに、「親子近居」という新しい価値を加えて運営する方法です。
国土交通省の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」でも、東京都品川区の「荏原おたがいさまプロジェクト」のように、既存建物を改修し、在宅ケア拠点やコミュニティ拠点を併設した多世代共生型住宅を整備する取組が採択されています。
本稿の構想とは異なりますが、既存建物を改修し、新たな居住ニーズに対応する住宅として再生するという方向性には、すでに実例があります。
これは、空室のある既存賃貸住宅の活用という観点からも興味深いテーマです。
「古くなったので建て替える」
「空室が多いので売却する」
という選択だけではなく、「誰に、どのような暮らし方を提供する建物に変えるのか」という視点から、不動産の価値を考え直すこともできるのではないでしょうか。
ここでサブリースという仕組みが登場します。
サブリースという言葉を聞くと、「30年間家賃保証」「空室でも賃料が入る」といった賃貸経営の商品を思い浮かべる方が多いかもしれません。
国土交通省は、マスターリース契約を、所有者から賃貸住宅を借りた事業者が、それを第三者に転貸する事業を目的として締結する契約と整理しています。
厳密には、物件オーナーと運営事業者との間で締結する契約が「特定賃貸借契約(マスターリース契約)」であり、運営事業者が入居者へ貸す契約が転貸借契約(サブリース契約)となります。本稿では、これらを組み合わせた一連の仕組みについて「サブリース」という言葉を用いています。
例えば、
物件オーナー
↓
運営事業者が一括借上げ
↓
リフォーム・住宅コンセプト・見守りサービス等を企画
↓
親世帯・子世帯等へ転貸
という仕組みです。

*生成AIによるイメージ
ここで重要なのは、本稿で想定する運営事業者が、単に物件を借り上げて転貸するだけではなく、住宅サービスの企画・運営主体となることです。
親子を隣接住戸へ配置する。
高齢者向け住戸を調整する。
共用スペースを管理する。
見守り事業者と連携する。
家族構成が変われば住戸の組合せを変更する。
こうした運営を行うための「器」として、マスターリースを利用できないかという発想です。
これは、不動産そのものを所有して利益を得る事業というより、既存不動産に新しい暮らし方を加え、その運営によって価値を生み出す事業と考えた方が分かりやすいかもしれません。
もちろん、実際に運営する場合には、賃貸住宅管理業法上の特定転貸事業者に関する規制、マスターリース契約の条件、修繕費の負担、賃料改定、原状回復、契約解除などについて十分な検討が必要です。
また、誰がリフォーム費用を負担するのか、長期間の契約が終了した場合に設備をどう扱うのか、見守りサービスを誰が提供するのかといった点も、事前に整理しておく必要があります。
しかし、「建物を所有しなければ住宅サービスを企画できない」わけではありません。
既存建物を借り、新しい住宅コンセプトを加え、運営の工夫によって価値を生み出す。
サブリースには、そのような使い方も考えられるのではないでしょうか。
不動産の活用というと、
売る。
貸す。
建て替える。
という選択肢を考えがちです。
しかし人口構成や家族の形が変化している現在、既存住宅に新しい利用方法を加えることも、不動産活用の一つではないでしょうか。
親と子は一緒にいたい。
しかし同じ家では暮らしたくない。
親の面倒は見たい。
しかし子どもだけで介護を背負うことは難しい。
自立して暮らしたい。
しかし完全に孤立するのは不安である。
これらは一見矛盾しているように見えます。
しかし、「住戸は別、建物は同じ」という一つの工夫で、多くの問題を少しずつ解決できる可能性があります。
重要なのは、すべての家族にこの住まい方が適しているということではありません。
完全同居が適している家族もあれば、ある程度離れて暮らした方がよい家族もあります。
だからこそ、「同居するか、遠く離れて暮らすか」という二者択一だけではなく、その中間の選択肢を増やすことに意味があるのだと思います。
東日本大震災の頃、「絆」という言葉を聞きながら考えた家族の住まい。
それから年月が経ち、住宅ローン、二世帯住宅、高齢者の住まい、離婚、介護など、さまざまな問題に接する中で、一つの考えにたどり着きました。
家族の絆とは、必ずしも同じ屋根の下で生活することではないのかもしれません。
親の生活に必要以上に干渉しない。
子どもの家庭にも入り込みすぎない。
それでも何かあれば、すぐに顔を見に行くことができる。
「自立して暮らすこと」と「支え合うこと」は、本来、対立するものではありません。
二世帯住宅を一つの不動産として所有するのではなく、二つの独立した住宅で近くに暮らす。
家族だけでは支えきれない部分を、住宅の管理や地域のサービスが補う。
そして、建物そのものを新しく造るだけではなく、既存住宅を再生し、運営の工夫によって新しい価値を生み出す。
それもまた、人生100年時代における新しい「絆」の形なのではないでしょうか。
そして親世代がその住まいを離れた後、残された財産を誰に、どのように引き継ぐのか。
住まいについて考えることは、やがて「相続」や「遺言」の問題へとつながっていきます。
次の機会には、住まいのその先にある「財産の承継」についても考えてみたいと思います。
本稿で使用する「親子近居型賃貸住宅」という名称は、既存の法令上の住宅類型を意味するものではなく、本稿における構想を説明するための呼称です。
また、本稿は特定の住宅商品、サブリース事業者、介護・福祉サービス等を推奨するものではなく、新しい住まい方と不動産活用の可能性について考察するものです。
実際に同様の事業を行う場合には、物件の用途・設備・提供するサービス等に応じ、賃貸住宅管理業法、宅地建物取引業法、住宅セーフティネット法、建築基準法、消防法、旅館業法、高齢者福祉関係法令その他の関係法令について個別の確認が必要です。